誰が乗っているとも知れぬ暗闇の軌道を移動する地下鉄のロングショットが、どうしてこれほど見るものの神経を騒がせるのか。

とは申せ、その題名にもかかわらず、この小田香の期待の新作は、地上人の、しかもたった一人の女性をめぐる映画でもある。

そのことの深い驚きから回復することなど、誰にもできはしまい。

蓮實重彦(映画評論家)

INTRODUCTION

五感を研ぎ澄ませ
異空間にダイヴせよ

小田香が三たび、
カメラを向けるのは日本の“地下世界”
漆黒の暗闇に横たわる歴史を凝視する

地下の暗闇から、蠢く怪物のように「シャドウ(影)」が姿を現す。シャドウ(影)はある女の姿を借りて、時代も場所も超えて旅を始める。地下鉄が走る音を聞き、戦争で多くの人々が命を失ったほら穴の中で死者達の声に耳を澄ませる。そんな道行きの中、シャドウ(影)は、かつてそこで起きたことをトレースしていくようになり、湖の底に沈んだ街に向かう

鬼才タル・ベーラの愛弟子、小田香が描き出す、
ドキュメンタリーを遥かに超えた異形の空間

映画『Shari』や米津玄師「Lemon」MV(出演・振付)の
吉開菜央が体現する「シャドウ(影)」という時空を超える存在

『ニーチェの馬』で知られる映画作家タル・ベーラが設立した映画学校で学んだ後、『鉱 ARAGANE』では、ボスニア・ヘルツェゴビナの炭鉱を、『セノーテ』では、メキシコ、ユカタン半島北部の洞窟内の泉と、異形の地下世界を題材に制作を続けてきた小田香が、三たび、遂に日本の地下世界にカメラを向ける。3年かけて日本各地をリサーチし、その土地に宿る歴史と記憶を辿り、土地の人々の声に耳を傾け、これまでとは全く異なる撮影体制で、地下の暗闇を16mmフィルムに焼き付けていく。その道行きには、映画作家・ダンサーの吉開菜央が、「シャドウ(影)」という存在を演じ、まるでその姿が歴史そのものであるかのように随伴する。
鼓膜がうち震えるほどの音響設計と、時折、漆黒の暗闇に揺れる眩い光がドキュメンタリーという枠を超え、我々の既成概念をぶち破る力強さで疾走していく。

CAST

  • 吉開菜央(よしがい・なお)

    映画作家・ダンサー
    1987年山口県生まれ。日本女子体育大学舞踊学専攻卒業、東京藝術大学大学院映像研究科修了。観ること、聴くことによって動かされる感覚・情動を軸に、映画そのものを踊らせるつもりで映画を制作している。ミュージックビデオの監督や、振付、出演も行う。監督した主な映画は『Shari』(ロッテルダム国際映画祭2022公式選出)、『Grand Bouquet』(カンヌ国際映画祭監督週間2019正式招待)『ほったまるびより』(文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門新人賞受賞)。米津玄師MV「Lemon」出演・振付。
    近年の主な展覧会に「NEO-KAKEJIKU」(2022 羽田空港)、「霞 はじめて たなびく」(TOKAS本郷、東京)、「オープン・スペース2018 イン・トランジション」(ICC、東京)にて《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)など。
    2024年、サルヴァトーレ・シャリーノ作曲「ローエングリン」(杉山洋一指揮/橋本愛出演)では、声のアーティスト・美術家の山崎阿弥と共に演出・美術を担当し、活動の領域をますます広げている。
    小田香監督作品『GAMA』(2023)に続き、地下の記憶と痕跡を巡る「シャドウ(影)」の役で、映画 『Underground アンダーグラウンド』に出演した。自身の監督作品は、愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品最新第32作として新作長編映画『まさゆめ』(2024)を完成させ、公開待機中。

  • 松永光雄(まつなが・みつお) 

    沖縄県八重瀬町在住。1988年から平和ガイドを始める。戦時中に沖縄陸軍病院第三外科壕で看護婦長を担っていた具志八重さんにすすめられ、遺骨収集に参加したことがきっかけで、平和ガイドとなった。その後、多くの沖縄戦体験者の貴重なお話しを聞くこととなり、戦争体験を後世に伝えていきたいと考えるようになる。

FILM MAKER

© 松本拓海

小田香(おだ・かおり)

1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー。2011年、ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。卒業制作である中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。東京国際LGBT映画祭など国内外の映画祭で上映される。2013年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory(3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘され、2016年に同プログラムを修了。2014年度ポーラ美術振興財団在外研究員。2015年に完成されたボスニアの炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。その後、リスボン国際ドキュメンタリー映画祭やマル・デル・プラタ国際映画祭などで上映される。映画・映像を制作するプロセスの中で、「我々の人間性とはどういうもので、それがどこに向かっているのか」を探究する。また世界に羽ばたく新しい才能を育てるために2020年に設立された大島渚賞(審査員長:坂本龍一、審査員:黒沢清/荒木啓子[PFFディレクター]、主催:ぴあフィルムフェスティバル)では第1回の受賞者となった。2021 年、第 71 回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。『セノーテ』は2020年に劇場公開され、国内で30ヶ所を超える映画館などで上映された。2021年からは青森県立美術館が地域とアートのこれまでにないつながりを生み出すことを企図したアートプロジェクト「美術館堆肥化計画」に3年間にわたって招聘され、青森各地をテーマとしたインスタレーションや映像作品を制作した。2021年には札幌の“西2丁目地下歩道”に作品を展示する映像制作プロジェクト「西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト」に参加し、巨大な構造物のある札幌の地下空間をとらえた9分のインスタレーション作品「Underground」を発表、後に製作する“地下世界”を通して人間の記憶に迫る長編『Underground アンダーグラウンド』の礎とも言える作品となった。さらに2022年には豊中市立文化芸術センター「とよなかアーツプロジェクト2022 リサーチ企画」の委嘱を受け、太平洋戦争・沖縄戦で多くの住民が命を落とした自然洞窟ガマをテーマにした中編『GAMA』を製作。山形国際ドキュメンタリー映画祭、シネマ・ドゥ・リール(フランス)など国内外の多くの映画祭を巡回している。2024年、3年にわたり、日本各地の地下世界をリサーチし制作した、最新長編『Underground アンダーグラウンド』が遂に完成、10月に第37回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門でワールド・プレミア上映された。

主なフィルモグラフィー

【短編】

  • 『ひらいてつぼんで』13分/2012年
  • 『呼応』19分/2014年
  • 『フラッシュ』25分/2015年
  • 『色彩論 序章』6分/2017年
  • 『天』11分/2017年
  • 『シネヌーヴォ20周年プロジェクト』18分/2017年
  • 『風の教会』12分/2018年
  • 『TUNE』6分/2018年『Night Cruise』 7分/2019年
  • 『OUR CINEMAS』4分/2018-2020年
  • 『水景』6分/2020年
  • 『夜行列車』10分/2021年
  • 『ホモモビリタス』12分/2022年
  • 『カラオケ喫茶ボサ』13分/2022年
  • 『Lighthouse』13分/2024年

【中編】

  • 『ノイズが言うには』38分/2010年/日本語 なら国際映画祭2011 NARA-wave部門観客賞
  • 『GAMA』53分/2023年/日本語 山形国際ドキュメンタリー映画祭2023正式出品
    シネマドゥリール2023正式出品
    シネマデブリーブ2023 SFCC 批評家賞
    MoMA ドキュメンタリーフォートナイト2024 正式出品

【長編】

  • 『鉱 ARAGANE』68分/2015年/ボスニア語 山形国際ドキュメンタリー映画祭 2015 アジア千波万波部門特別賞
    リスボン国際ドキュメンタリー映画祭2015正式出品
    マルデルプラタ国際映画祭2015正式出品
    台湾国際ドキュメンタリー映画祭2016正式出品
  • 『あの優しさへ』63分/2017年/日本語 ライプティヒ国際ドキュメンタリー&アニメーション映画祭2017正式出品
    ジャパンカッツ2018 正式出品
  • 『セノーテ』75分/2019年/スペイン語マヤ語 ロッテルダム国際映画祭2020正式出品
    山形国際ドキュメンタリー映画祭2019 正式出品
    ムルシア国際映画祭2020 スペシャルメンション
    メキシコ国立自治大学国際映画祭FICUNAM 2020 Estímulo Churubusco UNAM賞
  • 『Underground アンダーグラウンド』83分/2024年/日本語 第75回ベルリン国際映画祭正式出品
    東京国際映画祭2024正式出品

監督の言葉

「きっと思い出せるから」と本編を結んだ初作品『ノイズが言うには』(2010)から、「思い出せる一番最初の記憶はなんだろう」と問うた短編『フラッシュ』(2015)を経て、わたしは人間の記憶というものに対する探求を続けてきた。記憶という無形のものを、物質的な石炭鉱石やその掘削にみた『鉱 ARAGANE』(2015)や、時を超えた記憶の集団性を水中に捉えようとした『セノーテ』(2019)は、主な所在が地下だった。地下に行けば、記憶というぼんやりとしたものの手がかりがあるかもしれないと感じていたのだと思う。

今作『Underground アンダーグラウンド』では、記憶に対する探求をより深めていった。その集団的で相互構築的な性質や、「時間」というこれもまたよくわからないものとの関わりに加え、映画という記録メディアを通してなぜ記憶を繋いでいきたいと願っているのか、他者との関わりを通して自身に問うような制作プロセスだった。人類はいつか滅ぶのだろうし、人間である限りわたしもあなたも必ず死ぬが、無数のひとりひとりがここに生きたということを肯定したい。そのために、生痕としての映画を残したいのだと今は思う。

太古から現在、遠い未来の生痕を旅する役目の者を、我々はこの映画の中で「影」と呼んだ。地下と地上、失われたものとまだあるもの、生者と死者、双方を影によって繋ぎ、「わたしたち」の像を立ち上がらせたかった。死、失われた者、遺された物、それらの気配が漂う地下空間で、束の間、映画という装置によって静止していた時間を動かす。隠したり、隠れたり、隠されたりする空間が、生者の眼差しによって感光する。生者とは、この映画に関わった我々作り手たちを指すと同時に、スクリーンを見つめる観客でもある。

映画を通して眼差され、感光した生痕は、集団的な記憶になる。

集団的な記憶が新たな地層を得ることで、「わたしたち」という奇妙な事象が更新される。願わくば、「わたしたち」をあらためるように。

COMMENT

  • 闇と光、生と死、過去と現在の境界をめぐる小田香の詩的探求。
    影のように静かに導く、謎めいた女性を演じる吉開菜央の驚くべき存在感。

    Variety

  • 小田香は断片的な挿話を通じ、歴史についての物理的風景と感情的風景を結びつける。
    見事な撮影、刺激的なサウンド、実験的な編集により、観る者を分析ではなく体験へと誘い、生と死、そしてそれらを繋ぐ“影”について忘れることができない瞑想を呼び覚ます。

    ASIAN MOVIE PULSE

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都道府県 劇場名 上映期間 備考
東京都 ユーロスペース 2025/3/1(土)〜
愛知県 ナゴヤキネマ・ノイ 【近日公開】
大阪府 シネ・ヌーヴォ 【近日公開】

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